
父親が亡くなった時、実家の自宅は母親と子どものどちらが相続した方が良いのでしょうか?
「母が住み続ける実家を、誰が相続するのが最も安全で税務的にも有利か」という論点は、とても相談が多いご質問です。
実際には個々の事情があるためケースバイケースとなることがほとんどです。
相続税に特化した税理士だからこそ税金はもちろん税金以外も含めてそれぞれの良い点・注意点を解説していきます。
あなたの実家は誰が引き継ぐのが最善なのか。必ず最後まで読んでください。解決策が見つかります。
目次
- 第1章 父親が亡くなった後は誰が実家を取得すべきか【具体例(相続税)】
- 第2章 父親が亡くなって母親が自宅を取得しない方が良いケースもある【失敗例(相続税)】
- 第3章 自宅を「母親・子ども」が相続する方法・注意点【Q&A】
- Q1:遺産分割の割合は法定相続分じゃないとダメでしょうか?
- Q2:遺産はほぼ実家である自宅のみです。公平に分割するために共有名義(1/3ずつなど)にするのはどうでしょうか?
- Q3:遺産はほぼ実家である自宅のみです。自宅を取得する人とそれ以外の人で公平に遺産分割はできませんか?
- Q4:代償分割により母親が自宅を取得したいのですが、支払う資金が足りません。自宅を売却するしかありませんか?
- Q5:売却時に使える可能性がある制度は?(Ⓐ同居の場合)
- Q6:売却時に使える可能性がある制度は?(Ⓑ別居の場合)
- Q7:売却時に使える可能性がある制度は? (Ⓒその他)
- Q8:母親が認知症になった場合のリスクは?
- Q9:自宅を取得した子どもが先に亡くなった場合のリスクは?
- 第4章 まとめ
第1章 父親が亡くなった後は誰が実家を取得すべきか【具体例(相続税)】
基本的には母親・同居の子どもが税金面を考慮すると実家を引き継ぐべきです。
母親・同居の子どもが実家を取得した場合には「小規模宅地等の特例」が適用できるためです。
「小規模宅地等の特例」は実家である自宅の土地の価額の80%を相続税の課税対象となる遺産総額より減額することができます。
詳細は本章の後半<税理士の解説👉>にて解説します。
「相続税早見表」の使い方
本章では「4人家族」の実家の相続税を「相続税早見表」を使用しながら考えていきます。
まずは「相続税早見表」の使い方をマスターして具体例の「4人家族」の実家の相続税を見ていきましょう。
相続税早見表とは「遺産総額」と「配偶者の有無及び子供の人数」により相続税の納税額の目安を確認できるものです。
また、相続税早見表のうち「左の表」は配偶者がいる場合の相続税を表しています。
配偶者がいる場合には、1億6,000万円(又は法定相続分のうち多い金額)まで配偶者へ相続税がかからない「配偶者の税額軽減」の適用があります。「右の表(配偶者がいない場合)」と見比べて相続税の金額が大きく異なるのはこの特例の影響です。
詳細は本章の後半<税理士の解説👉>にて解説します。
(使い方)
1. 遺産総額とは、被相続人(亡くなった方)の財産から借金や葬式費用などを差し引いた金額で、相続税の課税対象となる基礎です。預金や不動産、生命保険などが含まれます。
2. 被相続人の 「遺産総額」 に最も近いものをご確認ください
(注) 「小規模宅地等の特例」「生命保険金の非課税」 など遺産総額より控除することのできるものがあります。これらを考慮することにより正確な相続税を確認することができます。
<例>「遺産総額1億円」で「配偶者あり及び子供2人」のケース
以下の相続税早見表より相続税は315万円と確認できます。

【具体例】遺産総額1億円のケースの取得者ごとの相続税
遺産総額1億円の場合に実家の自宅を取得するのが「母親」の場合と「子ども(別居)」の場合に分けてそれぞれ相続税がいくらかかるのか見ていきましょう。
【具体例】
(親族図)

(財産構成:遺産の総額:1億円)
①実家の家屋:500万円
②実家の土地:5,000万円
③預貯金:4,500万円
(注)相続税は法定相続分(母:1/2、長男:1/4、二男:1/4)で遺産分割しているものとしております。
遺産分割の方法は相続人全員の同意により自由に取り決めることが可能です。
遺産分割の方法については第3章(Q1~4)をご覧ください。
【具体例】「母親又は長男(同居)が実家の自宅を取得した場合」
・相続税 60万円
・遺産総額 6,000万円(1億円▲4,000万円)
(※1)小規模宅地等の特例について▲4,000万円(5,000万円×80%)適用可能
(※2)配偶者の税額軽減について適用可能

【具体例】「二男(別居)が実家の自宅を取得した場合」
・相続税 315万円
・遺産総額 1億円
(※1)小規模宅地等の特例については適用不可
(※2)配偶者の税額軽減について適用可能
【具体例】「取得者ごとの相続税の比較」
取得者の違いにより相続税に255万円(315万円▲60万円)の差が生じます。
実家の自宅を「母親又は長男(同居)」が取得する場合には、土地について小規模宅地等の特例の適用が可能です。土地の価額の80%を減額することができるため▲4,000万円を財産額より控除できます。
一方で「二男(別居)」が取得する場合には、土地について小規模宅地等の特例の適用はできません。
相続税負担を考えると実家の自宅を取得するのは「母親又は長男(同居)」が良いでしょう。
<税理士の解説👉>
「2大特例」を解説します。具体例のように相続税は「特例の適用可否で大きく差が出ます」
実家の相続を考える上で特に影響の大きい2つの特例をご紹介します。
①小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)
小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)は、亡くなった方の自宅の敷地など一定の土地について、土地評価を最大80%減額できる制度です。
<主な要件>
・取得者が以下の①又は②の要件を満たすこと
①「配偶者」であること
②「配偶者以外の親族」の場合
被相続人と同居していること
申告期限までその土地を保有し、引き続きその建物に居住していること
・限度面積は330㎡まで(超えた場合には超えた部分については適用なし)
※その他一定の場合の一定の別居親族などにも認められます。
父親が亡くなった際に子どもが上記特例を受けようとする場合のポイントは「同居」しているかどうかです。既に独立して別居しているような子どもについては配偶者(母親)がいる場合には適用する余地が一切ありません。
つまり「母親」または「同居の子ども」が自宅を取得することが良いでしょう。
②配偶者の税額軽減
配偶者の税額軽減は、被相続人の配偶者が取得した財産について、次のいずれか多い金額までの相続税が課されない制度です。
A:配偶者の法定相続分相当額(相続人が配偶者と子の場合は1 / 2 )
B:1億6,000万円
配偶者である母親は、父親が亡くなった際に上記特例により多くのケースで相続税は「0円」となります。
第2章 父親が亡くなって母親が自宅を取得しない方が良いケースもある【失敗例(相続税)】
第1章とは異なり母親が自宅を取得することで相続税がかえって増えてしまうケースがあります。
本章では失敗例を具体例に基づき解説します。
2-1【失敗例①】母親がある程度財産を持っている場合
母親がある程度財産を持っている場合には、1次相続(父親の相続)だけでなく2次相続(母親の相続)も踏まえて取得者を考慮すべきです。
実家の自宅を取得するのが「母親」の場合と「子ども」の場合に分けて1次相続・2次相続トータルでそれぞれ相続税がいくらかかるのか見ていきましょう。
【失敗例①】
(親族図)

(「父」財産構成:遺産の総額:1億円)(「母」財産構成:遺産の総額:1億円)
①実家の家屋:500万円 ①預貯金:5,000万円
②実家の土地:5,000万円 ②有価証券:5,000万円
③預貯金:4,500万円
(注)相続税は法定相続分(1次相続 母:1/2、長男:1/4、二男:1/4)(2次相続 長男:1/2、二男:1/2)で遺産分割しているものとしております。
遺産分割の方法は相続人全員の同意により自由に取り決めることが可能です。
遺産分割の方法については第3章(Q1~4)をご覧ください。
【失敗例①】「母親が実家の自宅を取得した場合」
(「父」遺産の取得内容)
母:①実家の家屋:500万円
②実家の土地:1,000万円(5,000万円▲4,000万円)
③預貯金:1,500万円
計:3,000万円
長男・二男:預貯金:各1,500万円(3,000万円の1/2)
・(父:1次相続)相続税 60万円
・遺産総額 6,000万円(1億円▲4,000万円)
(※1)小規模宅地等の特例について▲4,000万円適用可能
(※2)配偶者の税額軽減について適用可能
(「母」遺産の取得内容)
長男・二男:①実家の家屋:500万円
②実家の土地:5,000万円
③預貯金:6,500万円(1,500万円+5,000万円)
④有価証券:5,000万円
計:各8,500万円(1億7,000万円の1/2)
・(母:2次相続)相続税 2,440万円
・遺産総額 1億7,000万円(1億円+7,000万円[父からの相続分])
(※3)小規模宅地等の特例については適用できないものとします。(適用できる場合の詳細は下記<税理士の視点👉>の参考をご覧ください。)
・トータル相続税 2,500万円(60万円+2,440万円)
<税理士の視点👉>
上記(母:2次相続)で小規模宅地等の特例が適用できる場合【参考】
「将来同居を予定している」
母親が父親の相続後も自宅に住み続ければ、1次相続(父親の相続時)に同居していない子どもが1次相続後に母親と同居することで特例の適用ができるケースがあります。
「家なき子(別居親族)」
別居している子どもであっても、母親以外に自宅に住んでいる親族がいない・自己所有(子ども所有)の家に住んでいないなど一定の要件を満たす場合には特例の適用ができるケースがあります。
【参考:2次相続で小規模宅地の特例が適用できるものとした場合】
・(母:2次相続)相続税 1,360万円
・遺産総額 1億3,000万円(1億円+3,000万円[父からの相続分])
(※4)小規模宅地等の特例について▲4,000万円適用可能
・トータル相続税 1,420万円(60万円+1,360万円)
【失敗例①】「子どもが実家の自宅を取得した場合」
・(父:1次相続)315万円
・遺産総額 1億円
(※1)小規模宅地等の特例については適用不可
(※2)配偶者の税額軽減について適用可能
・(母:2次相続)相続税 1,840万円
・遺産総額 1億5,000万円(1億円+5,000万円[父からの相続分])
・トータル相続税 2,155万円(315万円+1,840万円)
【失敗例①】「取得者ごとの相続税の比較」
取得者の違いにより相続税に345万円(2,500万円▲2,155万円)の差が生じます。
結果的に子どもが実家の自宅を取得した場合には2次相続で母親から相続する遺産総額が少なくなるため、事例のケースでは実家を1次相続で子どもに相続させる方が結果的に相続税負担が少なく済むことになります。
<税理士の視点👉失敗例①まとめ>
失敗例①のケースでは「子どもが実家の自宅を取得する」だけでなく父親の遺産を母親は一切取得せず、全ての遺産を子どもが取得することで相続税負担が大きく軽減されます。
母親が父親の遺産を取得するとその取得した分が2次相続で再度相続税の対象となってしまうからです。2次相続において小規模宅地等の特例など相続税を減額できるケースはまだしも減額できないケースは特に2次相続の負担が重くなります。
父親の遺産を母親が一切取得しないケースを見ていきましょう。
「子どもが実家の自宅を含めて遺産を全て取得した場合(母親は一切取得しない)」
・(父:1次相続)相続税 630万円
・遺産総額 1億円
(※1)小規模宅地等の特例については適用不可
(※2)配偶者の税額軽減についても適用不可
・(母:2次相続)相続税 770万円
・遺産総額 1億円
・トータル相続税 1,400万円(630万円+770万円)
父親の遺産を母親は一切取得しないことで相続税負担が大きく軽減します。
(まとめ)
配偶者の税額軽減は、1億6,000万円(又は法定相続分のうち多い金額)まで配偶者の相続税がかからないことになるため有効に活用すべきですが、1次相続(父親の相続)だけでなく2次相続(母親の相続)も踏まえて特例を活用することが重要です。
失敗例①のケースでは小規模宅地等の特例を考慮しなくても、母親が財産を一切取得しないことで、1次・2次相続全体の相続税を大きく軽減させる結果となりました。
2-2【失敗例②】母親が自宅を取得すると相続税の基礎控除を超えてしまう場合
父親及び母親の遺産総額がいずれも基礎控除額(注)以下の場合に母親が自宅を取得することで母親の相続時に相続税が発生してしまうケースがあります。
実家の自宅を取得するのが「母親」の場合と「子ども」の場合に分けて相続税の発生の有無を確認していきます。
(注)基礎控除額:相続税では、すべての人に共通して使える「非課税ライン」である基礎控除があります。
3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
【失敗例②】
(親族図)

(「父」財産構成:遺産の総額:4,000万円)
①実家の家屋:1,000万円
②実家の土地:3,000万円
基礎控除額:3,000万円+600万円×3人=4,800万円
(「母」財産構成:遺産の総額:4,000万円)
①預貯金:4,000万円
基礎控除額:3,000万円+600万円×2人=4,200万円
【失敗例②】「母親が実家の自宅を取得した場合」
・(父:1次相続)相続税 0円
・遺産総額 1,600万円(4,000万円▲2,400万円)
(※1)小規模宅地等の特例について▲2,400万円適用可能
・(母:2次相続)相続税 470万円
・遺産総額 8,000万円(4,000万円+4,000万円[父から相続した家屋・土地])
(※2)小規模宅地等の特例については適用できません。
・トータル相続税 470万円(0円+470万円)
【失敗例②】「子どもが実家の自宅を取得した場合」
・(父:1次相続)相続税 0円
・遺産総額 4,000万円
(※1)小規模宅地等の特例については適用できません。
・(母:2次相続)相続税 0円
・遺産総額 4,000万円
・トータル相続税 0円
【失敗例②】「取得者ごとの相続税の比較」
取得者の違いにより相続税に470万円の差が生じます。
そもそも遺産額が基礎控除額以下の場合、母親が自宅を取得すると2次相続で相続税が発生してしまうことがあります。1次相続で子どもに相続させることで相続税の発生を防ぐことができます。
第3章 自宅を「母親・子ども」が相続する方法・注意点【Q&A】
ここまでの具体例・失敗例でご紹介した相続税の負担以外の部分を確認します。
そもそも自宅を「母親」「子ども」が単独で取得するのが難しい場合の遺産分割の方法や自宅を売却した場合の特例、その他認知症リスクへの対策など実務で特に重要となる論点にしぼり、一問一答形式でご紹介します。
【Q&A】
Q1:遺産分割の割合は法定相続分じゃないとダメでしょうか?
A1: 遺産分割の方法は相続人全員の同意により自由に取り決めることが可能です。
相続人が母・子2人の場合に法定相続分(母:1/2、子:各1/4)で必ず分割しなければならないわけではありません。
Q2:遺産はほぼ実家である自宅のみです。公平に分割するために共有名義(1/3ずつなど)にするのはどうでしょうか?
A2: 公平に分割できないから「とりあえず共有名義にしよう」と安易に決めてしまうのは危険です。将来、重大な問題が生じることがあります。
<事例>自宅を兄弟3人が共有したとします。
その後、兄弟の誰かが亡くなると、持分はその人の配偶者や子へ承継され、共有者がどんどん増えていきます。
→ 5人 → 10人 → 20人と増えるケースも実際に起こっています。
不動産の共有は「将来の争いの火種」であり、専門家としてはおすすめしません。
ただし、近日中に売却する予定がある場合には「共有取得」や「(注)換価分割」による遺産分割を検討することも良いでしょう。
(注)換価分割(かんかぶんかつ)
不動産を売却し、現金で平等に分ける方法です。(共有取得とは異なり遺産分割協議時点で売却することが確定している場合にとれる方法です。)
将来のトラブルを避けるために「いっそのこと売却して現金で分けたい」という家庭に向いています。
(注意点)売却まで時間がかかる場合もあります。
Q3:遺産はほぼ実家である自宅のみです。自宅を取得する人とそれ以外の人で公平に遺産分割はできませんか?
A3: (注)代償分割による遺産分割の方法があります。
(注)代償分割(だいしょうぶんかつ)
不動産を相続した人が、他の相続人に「代償金」を渡す方法です。
実務上、よく使われる方法です。
例:母親が実家を取得 → 代わりに他の相続人に母親保有の預貯金を支払い、バランスを取る。
(注意点)母親に資金力が必要です。
Q4:代償分割により母親が自宅を取得したいのですが、支払う資金が足りません。自宅を売却するしかありませんか?
A4: 配偶者居住権を設定することで代償分割以外の方法かつ自宅を売却せずに公平な分割を図ることが可能です。
配偶者居住権とは、自宅に住む配偶者に「住む権利(居住権)」を、「それ以外の権利(所有権)」はその他の相続人が取得するという制度です。

自宅に住む母は自宅の所有権を相続しなくても、居住権だけを相続して引き続き住むことができます。
母は配偶者居住権のみを相続し、他の相続人がそれ以外の権利を相続することができるため代償金を支払わず公平な分割を図ることが可能になります。
<税理士の視点👉>
(注意点1)配偶者居住権は単独売却できない
例えば配偶者居住権の設定後にバリアフリーのマンションに移りたい、施設に入るために自宅を売却したい際にも配偶者居住権は単独で売却できません。
この場合にとれる方法は配偶者が生前に配偶者居住権を放棄・合意解除することが考えられますが、贈与税又は所得税が課税されます。
(注意点2)配偶者居住権にも小規模宅地等の特例がある
配偶者居住権・それ以外の権利のいずれも小規模宅地等の特例の適用は可能です。
ただし、母親以外の取得者である子どもは同居要件を満たす必要があります。
よって、小規模宅地等の特例を受けられない子どもがそれ以外の権利を取得する場合には配偶者居住権の設定により相続税がいくらになるのか検討する必要があります。
Q5:売却時に使える可能性がある制度は?(Ⓐ同居の場合)
A5:自宅に住んでいる相続人が売却した場合はⒶマイホームの3,000万円特別控除(居住用財産の譲渡所得控除)が使えます。
事例:母親が自宅を相続して売却
母親は実家(戸建)に居住中。通院が増え「駅近マンションへ住替え」を検討。
売却益は3,000万円(売却価額▲取得価額)
売却益から3,000万円を控除し、譲渡所得税は0円となる
Q6:売却時に使える可能性がある制度は?(Ⓑ別居の場合)
A6:自宅に住んでいない相続人が売却した場合はⒷ空き家の3,000万円特別控除(空き家の譲渡所得特別控除)が使えます。
※相続した実家が空き家の場合に、要件を満たせば利用できる。
事例:子どもが自宅を取得して、空き家のまま売却を検討
母親は数年前に施設へ入居し、父親は生前に実家で一人暮らしで実家が空き家のまま。
相続後3年以内に売却。
<主な要件>
① 建物:昭和56年5月31日以前に建てられた一戸建て。区分所有建物(マンション)ではない
② いずれかを満たすこと:「耐震基準を満たす建物として売る」「耐震リフォームしてから売る」「建物を解体して更地として売る」
③ 期限:相続開始から 3年を経過する日の属する年の12月31日まで に売却する
④ 売却代金:1億円以下
Q7:売却時に使える可能性がある制度は? (Ⓒその他)
A7:Q5、6以外にもⒸ取得費加算の特例(相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)が使えます。
上記特例は支払った相続税の一部を「取得費」に上乗せできる制度です。
取得費が増えると、売却益(譲渡所得)が少なくなり、結果として所得税・住民税が圧縮されます。
<主な要件>
①支払った相続税がある
②期限:相続開始から3年10か月以内に売却する
※不動産以外の有価証券などにも適用があります。
<税理士の視点👉>
取得費加算の特例の併用可否について
「Ⓐマイホームの3,000万円特別控除」と「Ⓒ取得費加算の特例」の併用
→併用できます。
「Ⓑ空き家の3,000万円特別控除」と「Ⓒ取得費加算の特例」の併用
→同一の物件に対して併用はできません。
Q8:母親が認知症になった場合のリスクは?
A8:「家が動かせない」売却・賃貸・修繕などの法律行為が母親ではできなくなるリスクがあります。
<税理士の視点👉>
認知症になると「法律行為」がほぼできなくなる
認知症などで判断能力が低下すると、売買契約・賃貸契約(貸す・借りる)・リフォーム契約・大規模修繕の同意などの「意思表示が必要な行為」ができなくなります。
<よくある困りごと>
老朽化が進んで建替えたいのに、母の判断能力が低下して同意が取れない
住み替えのために売却したいのに、契約ができず足止め
修繕が必要なのに、所有者としての意思表示ができない
子どもが代わりに手続きしたくても「代理権」がなくてできない
こうした状況になると、不動産の運用や管理が完全にストップしてしまいます。
対処するには「成年後見制度」を利用する
母親の判断能力が失われた場合、家族が代理で契約を進めるには家庭裁判所で「成年後見人」を選任してもらう必要があります。
しかし、成年後見制度は次のようなデメリットもあります。
<成年後見制度のデメリット>
裁判所への申立てが必要で手続きが煩雑
専門職後見人(司法書士・弁護士)が就任すると、毎月の報酬が発生
財産の管理はすべて後見人の判断になり、家族が簡単に自由に動かせない
不動産の売却などは裁判所の許可が必要になり、スピード感がない
つまり、実務的にはとても負担の大きい制度です。
(対策)認知症への備えとして「家族信託(民事信託)」という選択肢もある
リスクを避けるため、母親が元気なうちに「家族信託(民事信託)」を設定することも、近年多く採用されています。
家族信託の仕組みはシンプルに言うと次のとおりです。
(1)母=「委託者(財産を預ける人)」
(2)子=「受託者(財産を管理する人)」
(3)母=「受益者(利益を受ける人)」
この関係を信託契約で結び、母の自宅の管理権限を「子」に移す形になります。
<家族信託を使うメリット>
母が判断能力を失っても、委託された子が不動産を売却・賃貸など可能
成年後見制度より柔軟で、家族で運用しやすい
裁判所の管理下には置かれないため、運用の自由度が高い
相続発生後の財産承継(誰に渡すか)まで設計できる
ただし、家族信託は判断能力があるうちに、将来の財産管理を子が代わりにできるようにしておく点がポイントです。また「設計が複雑」なため、専門家のサポートが必要です。
Q9:自宅を取得した子どもが先に亡くなった場合のリスクは?
A9:自宅の所有権を有する子どもが亡くなった場合、その所有権は子の配偶者・子の子(母親にとって孫)へ移ります。
そうすると、法的には母親の同意を得なくても、子の配偶者・子の子は自宅不動産を売却できてしまうことになり得ます。もちろん、母に使用貸借又は賃貸借により居住する権限が認められる可能性もあり、その場合買い手がつきにくくなりますが、いずれにしろ母の住む権利を明確にしていないと、生活基盤が不安定になります。元の家族の関係によってはトラブルに発展するリスクがあります。
(対策)配偶者居住権、遺言や家族信託で事前に設計しておく
第4章 まとめ
いかがだったでしょうか。
第1章では、父親が亡くなった後は誰が自宅を取得すべきかについて「母親」または「同居の子ども」が自宅を取得することが良いことを相続税負担の観点より解説しました。
第2章では、母親が自宅を取得しない方が良いケースを失敗例にて解説しました。
「母親がある程度財産を持っている場合」や「(母親が自宅を取得することで)相続税の基礎控除を超えてしまう場合」には相続税がかえって増えてしまうことがあることを確認しました。
第3章では、自宅を「母親・子ども」が相続する方法・注意点を解説しました。
そもそも自宅を「母親」「子ども」が単独で取得するのが難しい場合の遺産分割の方法や自宅を売却した場合の特例を紹介しました。
「母親と子ども」のどちらが自宅を取得すべきか検討する上で一番最初にすべきことは「現状把握」です。
あなたの家族の現状で1次相続・2次相続の相続税がいくらかかるのか本コラム特典の「相続税早見表」を利用してまず確認してみてください。
税金以外の家族の事情も大切です。ただし税金面を事前にクリアにしておくことで大切な部分に目を向けることができるのではないでしょうか。
相続時に急に困ることのないように今日から相続対策を考えてみてくださいね


